半年ぶりに太地町に行ってきました。
2015年5月30日・31日、半年ぶりに太地町に行ってきました。その報告と、これからの話です。
2015年5月30日・31日、半年ぶりに太地町に行ってきました。その報告と、これからの話です。
2015年5月30日と31日、半年ぶりに太地町に行ってきました。
何度も来ている場所なので、特に何も準備しなくても大丈夫だと思っていたら、ダイヤ改正の影響で紀伊勝浦駅到着後の移動にロスがあり、今までよりも一時間ほど遅れて太地町に付きました。
途中、湯川駅で特急くろしおとのすれ違いなど、今まで体験することのなかったシチュエイションを楽しみつつ、とはいいつつも時間を気にしつつの移動でした。思えば毎回滞在期間がとても短いが故に、ただ単に時間に追われるという場面が多かったな(特に帰りの電車の時間を気にする意識が強くなる)と、そんなことを思い出しました。
今回、特に目的があったというわけではなく、こんな時だからこそ、一度太地に行かなければと、そんなふうに思っていました。
このサイトではこういった話を書きたくはなかったのですが、状況が状況なので、今はその状況を記載しておく必要があると思い、今回はほんの少し事情を書きますが、「こんな時」というのは、先日の報道にもありましたように、WAZAやJAZAの一連の発表による騒動で、太地という場所が様々なイデオロギーの渦の中に放り込まれている今だからということで、先行きの見えない中、おそらくは苦悩しているだろう地元の人達のそばに行きたくなったという、そんな事情がありました。
遅れて太地駅につき、歩いて太地町をめぐりました。
ドルフィンリゾートでイルカと戯れ、くじら家でくじらを食べ、店内に飾られている写真についてお店の人に話を聞き、博物館では新しい展示に感動し、夜は宿泊先の民宿に併設されている居酒屋で町の人に混じってビールを飲みました。
翌日は朝方の天気がよくなかったので日の出の撮影は中止して二度寝。
二度寝から起きると徐々に天気が良くなってきたので、朝食の後、歩いて梶取崎の灯台を見に行きました。
途中、ツール・ド・熊野のコースということもあり、自転車のロードレースを観戦し、少しだけ動画を撮影しました。
太地を歩いていて、色々な方に声をかけられました。
Facebookのページを通じて、多くの方に僕のことを知っていただきました。
僕を応援してくださった方、アドヴァイスをしてくださった方、濃ゆい太地豆知識を授けてくれた方、本当にありがとうございました。 声をかけていただけるということは、僕のしているその行動を評価して頂けていると思い、とても嬉しくなる反面、「こんな自己満足なことをしてていいのだろうか?」とも思ったりします。
出来ないことが多すぎる中で、今後どのように活動していくか、考えなければいけない時期に来たのかもしれません。
他にも、いろいろな事がありました。
オキゴンドウの歯をもらったり、あこがれの船である第七勝丸の動いている姿を見ることが出来たのも、とても貴重な体験でした。
太地町にとっても節目の時期だったように、今回の太地旅行は、僕にとっても節目に当たるのかなと、帰りの電車の中でおもいました。
今回で13回めの太地町行きということで、今までで様々なものを見せていただきました。
13回太地を歩いて、様々な方に良くしていただき、沢山写真を撮りました。
その時その時の太地の景色を目に焼き付けて、できる限り色々なところを歩きました。
そして、この公園のような小さな町を歩くたびに、この町のことがもっと好きになりました。
だから、よりこの町に対して、自分ができることを、より真剣に考えて行きたいと思います。
残念ながら僕はよそ者です。
それでも、この町のことを好きなよそ者として、もっと何かできないだろうかと、それをよりまじめに考えなければならないと思います。
……ところが、困ったことがあります。
それは、これらの活動をするための資金が、現在ありません。
正直なところ、僕の薄給では、今までの活動さえもかなり無茶な状態でしたが、そのせいもあって今後の活動の目処が立たない状態になっています。
資金繰りを早急に改善できるよう努力をしているところなのですが、見通しが立たないのが現実です。
それでも、僕は諦められないしので、今後の活動については白紙ですが、このサイト自体はこのまま残しておこうと思います。
また活動を再開し、この場で報告ができるよう努力したいと思います。